英国のカントリーサイドめぐり

フットボール Football

叫び声が聞こえる。

指示を出しているようにも聞こえるが、まったく耳に入ってこなかった。

足元のボールを見ないでパスを出すようにしろと言われるが、そんなことがたやすくできるほど力量はない。

目の前の敵を交わすのがやっとでチームメイトがどこにいるか見る余裕なんてない。

ゴール前に走りこんでいるアダムが見えたが、そっちに目をやった瞬間、敵にボールを取られてしまった。

でも、悔しがっている場合ではない。

早く守りに戻って来いとディフェンスから指示が出る。

チャンスの後のピンチである。

みんなで組織的に守りを固めるのではなく、ボールを持っている敵の近くにいる人がそれに向かってぶつかっていき、とにかくボールを自陣のゴールから遠ざける。

敵が打ったシュートが仲間のカーの体に当たって跳ね返り、コートの真ん中にボールが転々とする。

それを見て、われ先とばかりに一斉にボールに群がる。

出遅れた奴が後ろから「行け、行け」と叫びたて、ボールを取ったディヴィットが走りこんでなんとかシュートを打つ。

そのシュートが決まればいいのだが、外れると「戻って守れ」の怒鳴り声が飛ぶ。

コートの中を息継ぎするのも忘れるほどあっちこっちと走り回る。

ボールを追いかけるのに必死だった。

だから、誰が何を言っているのか、気にしていなかったし、罵声が飛び交うコートの中で仲間の声を聞き分けることができるほど体力も残っていなかった。

それでも、走り続けていたが、ダレンが寄ってきて耳元でボブとの交代を告げた。コートの外にいるボブが、さっきから何度も何度もチェンジを叫んでいたのに、私にはぜんぜん聞こえていなかったのだ。

ボブは、自分が無視されていると思ったらしく、かなり憤慨していた。

ボスのダレンにサッカーを一緒にやらないかと誘われた。毎週木曜日の夜、地元のスポーツセンターで行われるインドアのサッカーだった。

試合開始は7時30分から10時30分のあいだのどこかで、試合時間は前後半合わせて20分間。試合開始が8時のときは15分前に集合して簡単なウォーミングアップをしてすぐにゲームを始める。

1チームはゴールキーパーを含む5人制で、試合時間内であればいつでもメンバーを入れ代えることができる。

チームによってはメンバーを10人も揃えていて、疲れるとすぐに交代してスピードが落ちないようにしている。そのチームは多少技術がなくても人数の少ないチームに対しては体力的に勝る。

後半に疲れて動きが鈍くなるのを予想して、前半は守り中心にゲームを組み立て、後半に一気に攻め立てていた。

18歳以上の仲間を集めてチームを作り、リーグ戦に登録すれば参加することができる。

リーグは3部あり、プレミアリーグを最強リーグとし、その下にAからCまであった。1つのリーグは8チームで構成されている。6ヶ月間、リーグ戦を行い、各リーグの上位2チームと下位2チームが入れ替わる。

チームは、学生が寄り集まったものや地元の仲間でできたものが多く、全体の平均年齢は20歳代だった。

チームは、さまざまでユニホームを作り練習もしっかりしているところもあれば、いつも出場するメンバーが違い、キャプテンが誰だかも分からないようなところもあった。

ルールで上半身を使えるのはゴールキーパーだけと決まっており、ヘディングなどは反則となる。そのルールがあるからだろうか、髪の毛を逆立てて鶏冠頭にした奴等ばかりのチームもありバラエティに富んでいた。

私が入ったチーム「オールドボーイ」は、平均年齢40歳くらいで他のチームとは明らかに年齢の差があり貫禄があった。

Aリーグに属しており、私が参加したときは4位に位置し、1戦1戦で順位が目まぐるしく入れ替わるほど混戦していた。

したがって、1勝がチームの順位を大きく左右する。だから、皆、試合には力が入っていた。

オールドボーイの仲間は多種多彩だ。

キャプテンは、ゴールキーパーのジョン。いつもチームの誰よりも早く来て、ウォーミングアップを念入りにしながら仲間が来るのを待っている。試合開始の時間が近づくにつれ、仲間がやってくると1人1人に「調子はどうだい」と声をかける。チーム全員からの信頼も厚く、彼のようなゴールキーパーがいれば、安心してゴールを任せて攻撃に打ち込める。

勝っても負けても、ニコニコと笑っていて勝負にこだわることなく、サッカーを楽しんでいる。

守りのかなめは、ドカンのような体付きのボブ。気性が荒く、怒ると同じチームであっても怖い。サッカー好きで研究熱心なのを披露したいらしく、試合前にフォーメーションがどうたらこうたら薀蓄を言うのがいつものことだった。

試合中も後ろから大声で「そっちに走れ」だの「もっと動きまわれ」と館内で一番大きい声ではないかと思うくらいの怒鳴り声で指示を出す。的確なときもあるので、皆、半分は聞いているといった感じだった。

しかし、本人は知ったことではない。勝つことだけを考えているのだから。当然、勝ったときは上機嫌で「あのパスが良かった」「あのシュートは最高だった」とみんなの肩をたたきながら褒め称える。

ところが、負けるとひどい。

火山が噴火したかのように荒れ狂い、敗因をぐだぐだと言い続ける。

ボブの守りはというと、得意技は体当たり。敵がフェイントで交わしたつもりでも、ボールはボブをすり抜けているが、敵自身はボブにぶつかって交わしきれない。

ボブは、ボールなんか見てない、ここから先は通さんと言わんがごとくでっぷりとした腹でドーンと一撃である。ボブに跳ね飛ばされているのを見るたびに、ボブが味方でよかったと思うのだ。

汗でびっちょりと濡れた腹に顔面もろとも当たっていくなんて、私が当たっていったらその後すぐに立てるかどうか。叩き倒され転んでも起き上がり、プレーを続ける敵の姿に逞しさすら感じるのだった。

それともう一つは、壁になること。

インドアサッカーのゴールは、普通のゴールよりかなり小さい。ボブの体は、ゴールの半分くらいはあるのでゴール前に立っているだけで十分なのである。どんなに強烈なシュートが何発飛んでこようが、平気な顔である。

ストライカーは、ディヴィットとアダムの2人。

点取り屋のディヴィットは、リーグ内でも得点王争いに名を連ねるほどの実力の持ち主だ。豪快な弾丸シュートではなく、シュートをする瞬間までゴールキーパーの動きを見逃さず、空いているところに狙い打つ。

ゴール前での彼の集中力は凄まじいものがある。

もちろん敵のマークも厳しくなるが、そんなことは問題ではない。彼の鍛え上げられた体は、少々のタックルではびくともしない。それどころか、群がる敵をなぎ倒してシュートを決めているのを何度も見た。

もう1人のアダムは、弱気なストライカー。

ゴールキーパーと1対1の決定的なシュートの場面で、パスをどこに出そうか迷っている。そのまま迷って敵のゴールキーパーにパスのようなシュートをしてしまい、見事にキャッチされてしまう始末。かといって落ち込んでいるかと思えば、そうでもない。

やたらとゴール前でパスをくれと要求する。ストライカーであることの自覚はあるようなのだが、いざパスがまわってくるとなかなかシュートが打てない。アダムとは私は最初に仲良くなった。

そして、中盤にボスのダレンとカー。

カーは機関車のように突進するタイプの選手で当たりは強い。でも、細かい動きはできないらしく、目の前でちょこまか動かれると手も足もでず、呆然と立っているので簡単に敵に交わされてしまう。

さらに、前を向いて横に蹴ることができないので、ボールを受け取るとひたすら前に向かって蹴りながら走る。蹴っては、そのボールを追いかけるように走る。

1人目の敵は交わせるが、蹴ったボールは2人目の敵に渡っている。走り出したら止まらないからそのまま突っ込んでいくが、ひょいと避けられる。

そんなカーだが、チームでは重宝されている。なぜなら、技術よりも体力、体力よりも体の強さが求められるからだ。ドリブルができなくても相手のタックルを吹き飛ばすほどの強さのほうが、サッカー選手として魅力があるそうだ。私にはそのあたりの理由がいまひとつ腑に落ちなかったが、ここではよしとしよう。

さて、私のボスのダレンだが、体格はがっしりとしているタイプではなく、どちらかというと細身である。しかし、彼は頭が切れる。

試合中は常にまわりの状況を把握しており、場面に応じて的確なパスを出したり、自らドリブルで切り込んでいったりを瞬時に判断し得点につなげる。

私と一緒にプレーしている時、やたらと私を呼び、「もっと走れ」「こっちにパスだ」とプレー中ずっと指示を出すのに最初は戸惑ったが、私のことを一番褒めてくれたのも彼だった。

この5人と私を含めて6人のチームで半年間戦った。ちなみに私はストライカーのポジションを与えられた。

ボブとチェンジをして、コートの外に出て水をがぶ飲みしているところで前半戦が終了した。

ハーフタイムの1分で再度気合を入れる。

何かぶつぶつ言っているボブをダレンがなだめていた。スコアーは1対1と均衡していた。

後半戦が始まる。

ボブ1人を守りにして3人で攻めるが、敵は4人で守りを固めている。敵の攻撃はたいしたことないが、数で劣るためなかなか得点することができない。

自陣にいるボブが指示を出しているのだが、いらついているのでスラングが混じる。 その時、ゴール前で混戦している中から敵がボブのいる方へ大きくボールを蹴り出した。

「カウンターのチャンスだ」

と、敵の1人がそれを追いかける。

取られてたまるかとボブも突進する。

ボブのほうが一足早く、敵はその場に転んでいた。いつもならボブはすぐ前線にパスを出すのだが、どうやら様子が違う。

ボブ自らシュートを決めてやるつもりなのだろうか、パスを出さない。 仲間が一斉に

「早くパスを出せ」

「数が多い今がチャンスだ」

とわめきたてるが、ボブはにやにやしながら、1回チョンと足元のボールを前に転がし、弾みをつけて力まかせに蹴飛ばした。

ボブは、蹴った後、勢いあまってか、どうなのかそのまま真っ直ぐゴールに向かって突っ走っている。

ボブが蹴ったボールは敵に当たり、こぼれ玉をダレンがダイレクトで敵のゴール脇にいるアダムにパス。

パチンコ玉のようにリズムよくボールがつながり、最後はアダムが角度のない位置から思い切りよくシュートをしたのか、パスをしたのか。

ボールはゴールの枠を外れてゴール前に飛んでいる。

そこにボブの出っ張った腹がタイミングよく走りこんでいた。

バコッと音がしたかどうかは定かではないが、ゴールキーパーも反応することができないほどの見事なゴールだった。

ところが、喜びもつかのま、敵が審判にさっきのシュートは手を使って押し込んだと猛抗議している。審判はビデオなどで確かめることができないので、ボブやその場にいた観客らに真相を確かめるが、みんな分からないと言い、困り果てていた。

敵の抗議はなおも続いた。

このままでは埒が明かないと考えた審判は、ボブにペナルティー・キックでやり直してくれないかと頼んだ。

結局、ペナルティー・キックでゴールを決め、一点差で試合には勝った。

試合後、ダレンの車に乗って家に帰った。ダレンはチームの勝利に興奮していた。

カーステレオから大音量のロックが流れている。ダレンが何か言ったのだが、音楽にかき消されて聞き取れなかった。音量を下げ、一言

「耳が悪いのか。試合中も様子がおかしかったぞ。早く英語が聞けるようにしろよ」

と付け加えて、もう一度言い直してくれた。まわりがうるさくて聞こえなかったのだと言おうとしてやめた。

英語が聞き取れるようになってきたころだったので、うるさくて聞こえなかったのか、それとも聞き取れなかったのか、どっちだったのかあまり自信がなかったこともあり「がんばる」とだけ答えた。

ダレンは

「GOOD! 来週もファイトだ!」

といいながらボリュームを上げ、The Strokesの「Reptilia」をノリノリな調子で歌っていた。

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